想いの伝達
★2018年ホワイトデーSS。リガード視点。
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今日は最悪な一日だ。
任務中、俺の不注意でフェイスに怪我を負わせてしまった。
大事には至らなかったものの、彼の傷は深く、今日一日病院で様子を見ることになった。
失敗ばかりが脳内を駆け巡り、夕飯も食べずにぼんやりと自室のベッドに寝転んでいた。
日が傾き、室内が暗くなっていく。
そろそろランプに火を灯そうかと起き上がったその時、玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。
こんな時間に来客とは、一体誰だろう――?
不思議の思いつつ扉を開けると、コートに身を包んだノワールが立っていた。
「こんばんは、リガード」
いつもの不敵な笑みを浮かべるノワール。
ささくれ立った心を無理矢理押し殺して笑顔を取り繕(つくろ)う。
中に入るように促して、即席でコーヒーを作り、ノワールの元へと運ぶ。
まじまじと様子をうかがうノワールの視線に耐えかねて、手元のコーヒーへと視線を落とす。
「今日は元気ないな。何かあったのか?」
ノワールの問いかけにコーヒーカップを持つ手が強張(こわば)る。
今はフェイスの怪我の件を話す気になれず、「まぁ、いろいろあって」と言葉を濁した。
「そうか。まぁ、そういう日もあるよな」と言いつつノワールがコーヒーを口にする。
深く追求するつもりがないと知り、俺はホッとしてコーヒーを一口飲む。
「ところでリガード。今日は何の日か覚えているか?」
急に話題を変えてきたノワールに驚いて目をしばたたかせる。
今日が何日かも曖昧だったので、壁にかけているカレンダーを凝視する。
「三月十四日――。あ、ホワイトデーだ……」
半ば独り言のように呟いた俺に、「大正解」と笑って、テーブルの上に『Lune(リュンヌ)』と書かれたブラウンのショップ袋を置いた。
「というわけで、バレンタインのお返し」
ニヤリと悪戯な笑みを浮かべるノワールからショップ袋を開けるように促された。
ショップ袋を開いて中身を取り出すと、ピンクや緑、ブラウンなどに彩られた可愛らしいマカロンがぎっしりつまっていた。
「お前がよく行く喫茶店『Lune(リュンヌ)』の新作のお菓子だぞ」
最近、仕事に追われていて久しく顔を出していなかったので、新作のお菓子が出ているなんて全く知らなかった。
Lune(リュンヌ)のドルチェやお菓子は本当に美味しいから、このマカロンも絶品に違いない。
「食べてみていいか?」
「勿論」
袋からピンク色のマカロンをつまんで、口の中へと放り込む。
マカロンからラズベリーの甘酸っぱい味が広がっていく。
「美味しい……!」
「そりゃ良かった。それとフェイスから伝言。『今日のことは気にするな。すぐに治すから次の任務に備えろ』だとさ」
Lune(リュンヌ)の新作お菓子であるマカロンをプレゼントしてくれただけでなく、
フェイスの伝言まで届けてくれたノワール。
ノワールの粋(いき)な計らいのおかげで、先程までのささくれ立った気持ちはどこへやら、一気に元気を取り戻す。
「お返しは三倍返しって約束だったけど、無事に果たせたかな?」
「勿論! ありがとう、ノワール!」
「どういたしまして」
目を閉じて静かにコーヒーをすするノワールに、もう一度心の中で「ありがとう」と呟いて、今度は緑色のマカロンを頬張った。
UP:2018/03/01