お礼のチョコレート
★2019年バレンタインデーSS。ラルフ視点。
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「一体、どれを選べばいいんだ……」
何種類も置かれている大量のチョコを前に思わず独り言をこぼす。
こんな状況に陥ったのには訳がある。
そう、それは数日前のこと。
医師としての診察を終えて、国立図書館へ立ち寄った時のことだ。
本棚へと向かい、目的の書物を見つけた、と思った瞬間、地面が大きく揺れた。
地震だ。
ぐらり、と本棚が大きく揺れてこちらへ倒れかかってきた。
しまった――そう思った刹那(せつな)、本棚が空中で止まった。
一体何が起こったのか、と目をしばたかせていると、本棚はふわりと元の位置に戻っていた。
「大丈夫ですか、ラルフさん?」
呆(ほう)けている自分の前に、白髪青目の少年、リガードが立っていた。
「あ、ああ……」
そうか。自分はこの少年の能力、サイコキネシスで助かったのだと理解する。
「お怪我がなくて良かったです! それじゃあ、僕はこれで」
「あ……」
お礼を言う間もなく、少年は風のように去っていってしまったのだ。
事のあらましを私と同じくクレンズの護衛であるゾーイに話したら、「ちゃんとお礼しなきゃダメだろ!」と喝を入れられた。
ゾーイが「丁度バレンタインだし、チョコをあげたらどうだ?」と提案してきたので、特にお礼の品が思いつかなかった私はその提案を飲むことにした。
――そして、今に至る。
目の前に広がるチョコを前に、自分で選ぶことを諦めた私は、店員にオススメのチョコを聞くことにした。
「こちらの生チョコレートはいかがでしょう?」
試食を促され、四角い小さな生チョコレートを一口、口に運ぶ。
ビターめのほのかな甘みが口に広がる。
確かに勧められるだけあって美味しい。
「これ、一箱下さい」
無事にチョコレートを購入した私は、少年の元へ向かう。
時刻は夜七時。
この時間ならば、少年はアンカーの仕事を終えて寮にいるだろう。
アンカーの寮に入り、フロントで面会を希望すると、少年はまだ帰ってないと言われた。
――しばらく待ってみるか。
そう考えていると、突然「ラルフさん!」と声をかけられた。
寮の入口に少年リガードが立っていた。
「どうしたんですか? 誰かに会いに来たんですか?」
無邪気な笑顔に当てられて、何にも言えずに立ちつくしていると、不意にリガードの手に下げられた袋に気付く。
――それはたくさんのチョコだった。
しまった、と頭を抱える。
年頃で周囲から好感を持たれる少年がチョコをたくさん貰うのは必然。
せめて違う菓子にすれば良かったか――?とも思ったが、折角買ったチョコに罪はない。
手に下げた生チョコレート入りの袋をリガードの前に差し出す。
「先日、助けてもらった礼だ」
差し出した袋を受け取ってしばし目をしばたかせていたリガードが笑顔になる。
「ありがとうございます!」
素直に瞳を輝かせるリガードに思わずこちらも微笑みを浮かべる。
「このお店のチョコ、好きなんですよ」と言われて、内心ホッとする。
こんなに喜んでくれて、お礼をして良かった――そう思った。
UP:2019/02/06