Mind2:愛の贈り物

★傾向:現代/ファンタジー

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  白く柔らかな雪がふわり、ふわりと宙を舞う。
  窓の向こう側の雪景色を眺めながら、私はこたつの中でゆっくりと足を伸ばした。
  今日は一層寒い日だ。
  そういえば、家内である佳苗が亡くなったのもこんな寒い日だった。
  あの日からもう一年か……と思いを巡らす。
  こたつの上に置いたみかんでも食べようかとシワシワの手を伸ばすが、そういえばさっきも食べたな、と袢纏(はんてん)の中に手を引っ込めた。
  じんわりと温まる足先。
  ふわり、ふわりと眠気がやってくる。
  ちょっと一寝入りしようかと、眼鏡を外し、こたつに突っ伏した。

「このミカン、うめぇー」

  陽気な声に驚いて慌てて眼鏡をかけると、こたつに入って暖をとる、見慣れぬ茶髪の青年がいた。

「な、なんだね、君は?!」

  上擦った声で青年に尋ねると、青年はみかんの皮をゴミ箱に捨てて、にこりと八重歯を見せて笑った。

「俺はガクって言うんだ。メッセンジャーだよ。おじいさん、あなたにメッセージを届けに来たんだ」

「メッセンジャー……?」

  よくよく青年ガクを見ると、特徴的なデザインの黒い制服に身を包み、黒い帽子と腕章には郵便局でお馴染みのマークが刺繍されていた。
  ちょっと変わった服装だが、郵便局員なのだろうか?
  いや、しかし、手紙ならポストに入れていくから、わざわざ家に上がってミカンを食べる必要があるのか……。

「奥さんの佳苗さんからメッセージを預かっているよ」

「佳苗から……?」

  ガクが口にした家内の名に、ドキリと心臓が脈を打つ。
  ガクは鼻の頭をこすると右手を軽く挙げ、陽気に笑った。

「宛先人、高村宗一郎。配達希望日、宛先人が一人で過ごすバレンタイン。差出人、高村佳苗」

  ガクの右指がパチンと弾かれる。
  歯車の軋むような音が鳴り、周りの風景がぐにゃりと曲がり、回転し始めた。
  今まで経験したことのない異様な風景に、思わず目を閉じた。


「あれ……?」

  きつく閉じていた目をゆっくり開けると、見慣れた我が家とこたつはどこへやら。
  目の前には力強く風の吹き付ける港が広がっていた。
  少し先には神戸ポートタワーが見える。
  ここは神戸か……?
  くるりと後ろを振り向くと、帽子をかぶったワンピースの女性が立っていた。

「あ……」

  帽子を手に持ち、柔らかく微笑む初老の女性。
  それは家内の佳苗だった。
  久しぶりに見た佳苗の姿に目頭が熱くなった。
  そうか、佳苗はこういう風にいつも笑っていた……と。

「宗一郎さん、こんにちは。今日はバレンタインですね。これが届いたということは、私はもう、あなたの隣にはいないのでしょうね」

  哀しげに微笑む佳苗に触れようと手を伸ばす。
  そこに、すぐ目の前にいるはずなのに、シワシワの手は空をかいた。
  そうか、これは現実ではない、映像なんだ、と唐突に理解した。

「あなたが先に亡くなったら、このメッセージは私の元に戻ってくるみたい。そうならないことを願っているわ」

  それはどちらのセリフだ、と思う。
  私だって佳苗に見守られて亡くなる方が良かった。
  だって、『一人』は寂し過ぎるから……。

「ここがどこだかわかる? 神戸よ。貴方とも旅行で来たわよね。懐かしいわ」

  ああ、覚えているとも。
  神戸ポートタワーを背に写真を撮ったよな。
  佳苗の帽子が飛ばされて、追いかけて、なんとか掴んで、良かったね、と笑い合った記憶がある。

「今日、神戸のお友達を訪ねてきたの。旦那さんに先立たれたお友達は憔悴し切っていて……とても辛そうだった。でもね、彼女は一つ秘密を打ち明けてくれたの。亡くなった旦那さんから不思議な、大切なメッセージをもらったって」

  不思議なメッセージ……今こうして再生されているメッセージのことだろうか?

「寂しそうだけど、嬉しそうにしていたお友達を見て思ったの。 ああ、私もメッセージを送りたいなぁって。 そしたら私の元にもメッセンジャーがやって来たの」

  風がふわり、と流れる。
  佳苗の髪が陽の光を浴びてキラキラと輝く。

「あなた。一人で大丈夫? ご飯はちゃんと食べれている? 夜はきちんと眠れている?  私はそこにはいないけれど、いつまでもあなたを見守っているわ」

  両手を広げて朗らかに笑う佳苗に駆け寄る。
  そして優しく抱き締めた。
  なんの温かみもない、感触もない映像でも、こうして抱き締めたら現実になるんじゃないかと思ってしまった。
  佳苗の姿がだんだんと朧げになり、周りの風景が眩い光に包まれていく。
  行くな、行かないで、側にいてほしい――。
  そんな願いも虚しく、はらはらと映像が綻んでいく。

「工具に凝っているあなたにピッタリのチョコを見つけたの。 きっと気にいるわ!  これを食べて元気を出してね」


  光の中で囁く声がして、歯車の軋む音と共にふと闇が訪れた。
  いつの間にか目を閉じていたらしい。
  ゆっくり目を開けると、そこは見慣れた我が家の居間だった。
  こたつの向こう側でガクが陽気に微笑んでいた。

「宗一郎さん。これは奥さんからの贈り物です」

  手渡されたのは赤地に錨のマークが描かれたチョコレートの箱だった。

「神戸Frantz(フランツ)のカーマニアセットか」

  箱を開けると、ペンチやスパナ、ドライバーなどを形作ったチョコレートが入っていた。
  工具好きにはたまらない、最高のチョコレートだ。
  そういえば何年か前に一度貰ったことがあった。
  あの時、メッセージを送ってくれたのか……。
  スパナ型のチョコレートを一口かじりながら、目を閉じた。

  そして、ふと思いついた。

「メッセンジャーさん。わしもメッセージを届けたいんだが」

  ガクは嬉しそうに身を乗り出し、「そうこなくっちゃ!」と指を鳴らした。

UP:2021/02/08

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