Mind3:あなたは特別な人

★傾向:現代/ファンタジー
★Mind2:愛の贈り物の続きです。
これだけでも読めますが、Mind2を読んでいただいた方がより楽しめます。

*****

  春の日差しが雪の残る庭に差し込んで、キラキラと輝いている。
  雪をほうきではいていた私は作業をやめて、かじかんだ手に息を吹きかけた。
  三月で春とはいえまだまだ寒い。
  手袋、持ってこようかしら。

「高村佳苗さん」

  不意に後ろから青年の声がした。
  驚いて振り向くと、見慣れぬ茶髪の青年が後ろに立っていた。
  青年は金ボタンの黒い制服に身を包んでいる。
  そして、黒い帽子と腕章には郵便局でお馴染みのマークが刺繍されていた。

「あら、メッセンジャーさんね」

「はい。俺はガクと言います」

  そう。彼らは『想い』を運ぶメッセンジャー。
  『想い』を映像と共に運んでくれるのだ。
  私も先月のバレンタインに、未来の主人へ向けてメッセージを送ったばかりだ。

「その節は我々、想送屋【黒】のご利用ありがとうございます。 佳苗さん、ご主人の宗一郎さんからメッセージが届いてます」

  陽気に八重歯を見せて笑うガクに、私の胸は膨らむ。
  まさか、主人からメッセージがもらえるなんて。

「宛先人、高村佳苗。配達希望日、宛先人がメッセージを送った後のホワイトデー。差出人、高村宗一郎」

  ガクの右指がパチンと弾かれる。
  歯車の軋むような音が鳴り、空間が渦を巻いて回転し始めた。
  周りの景色に目で追い付けなくなって、私はぎゅっと強く目をつぶった。


「佳苗」

  主人の声がするーー。
  そっと目を開けるとそこは近所の公園だった。
  子供達の笑い声が遠くから聞こえてくる。
  目線を横にやると、ベンチに座った主人の姿があった。
  今の主人より大分年を増して見える。
  髪は随分白髪が目立ち、眉間や手に深いシワがある。
  そして杖を手にしていた。

「佳苗。バレンタインのチョコとメッセージをありがとう。神戸Frantz(フランツ)のカーマニアセット、美味しくいただいたよ」

  未来の主人へ宛てたホワイトデーのメッセージが届いたことを知り、ホッと一息つく。
  でも、こうして過去の私にメッセージを送ったということは、未来の主人の隣には私がいないということを示していた。
  でも、それで良かったと思う。
  だって、主人のいない『一人』は寂しいから――。

「私のこと、心配してくれてありがとう。
大丈夫。お前も私も十分長生きしているよ。
今、隣にお前はいないけど、なぁに、またすぐに会いに行くさ。
それに、子供や孫もいる。安心してくれ」

  主人の風貌から、私の未来はまだまだ続いていくのだな、と晴れやかな気持ちになる。
  それに、私達の子供や孫も大きくなって、確かな命を繋いでいるのだろうと、嬉しくなった。

「ホワイトデーのお返しなんて、今まで大した物を送ってなかったが……今日は特別に良いものを買ったぞ」

  そう言ってベンチの横にあった紙袋から、箱を取り出した。

「あ……」

  それは静岡にある喫茶店、風の森テラスのマカロンだった。

「お前はこれが好きだっただろ?
静岡まで足を運ぶのは無理だったけど、今はネットで通販されているんだな。
孫に手伝ってもらって取り寄せたんだ」

  全くネットはイマイチ使い方がわからん……とぶつぶつ文句を言う主人に笑ってしまった。

「マカロンにしたのはちゃんと意味があってだな……いや、何でもない、忘れてくれ」

  主人の姿が辺りの風景に溶け込んで次第に薄くなっていく。
  私は駆け寄って主人の手を握る。
  ぬくもりも感触もない、ただの映像だけど、確かに主人の存在を感じることが出来た。


  歯車の軋む音がして、風景が光に溶けていく。
  そうして次第に光の中から、我が家の庭が姿を現した。
  ふわりとめまいのような感覚を感じた後、ふと我に返った。

「佳苗さん。宗一郎さんから贈り物です」

  ガクから透明な箱に入った可愛らしいマカロンが手渡された。
  この抹茶のマカロンは私の大好物だ。
  静岡に二人で旅行して、風の森テラスに行った日が懐かしい。
  紅茶とケーキを頼んだら、良かったら、と、この抹茶のマカロンをサービスしてくれたのだ。
  それ以来、静岡に行ったら風の森テラスで抹茶のマカロンを買うと決めているのだ。

「主人がマカロンにしたのは意味があるって言ってたけど……ガクさんはご存知?」

  ガクは八重歯を見せてにっこりと笑い、人差し指を立てた。

「マカロンには『あなたは特別な人』という意味があるんですよ」

  あなたは特別……。
  恥ずかしがり屋な主人がそんな意味をこめてホワイトデーを送ってくれたなんて……胸にぽかぽかと日差しが入ったような気がして、ふふふ、と笑った。

「佳苗ー! 庭にいるのかー?」

  家の中から主人の声がする。
  気付けばガクの姿はなかった。

「はい、ここですよ」

  そう言いながら、縁側のガラス扉を開ける。
  そして慌ててカーテンの後ろにマカロンを隠した。

「どうした? 嬉しそうだな。何か良いことでもあったのか?」

「ええ。とても良いことがありましたよ」

  そうか、と微笑む主人に私も笑いかける。
  それ以上は何も聞かず、主人はこたつに入っていく。
  今日の出来事は今の主人には秘密にしておこう。
  そう決めて、私もこたつへと入っていった。

UP:2021/03/09

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