【Vol.10:ユリアとボーと宿屋の主人】

「今日はこの町に泊まろう」
クルトはユリアに言いました。
ユリアの影に隠れていたボーは小さな声で「今夜はふかふかのベッドで眠れるね」と囁きました。

海の見える宿屋に入ると、クルトを見た宿屋の主人は嬉しそうな顔をしました。
「これは賢者様。お越しいただき光栄です」
そう言うと、ユリアとクルトを海に面した豪華な部屋へと案内しました。
「どうぞ、ごゆっくり」
宿屋の主人はそう言い残し、去っていきました。
「もう影に隠れなくていいよね?」
ボーとケルベロスがホッとした様子で姿を現しました。
「すごい豪華な部屋! 良かったね、ユリア」
ボーの言葉にユリアが「うん」とうなづきました。

ユリアとクルトはしばらく部屋でくつろいだ後、夕食を食べに食堂へと向かいました。
テーブルの上には様々な海産物の料理が運ばれてきました。
どれも美味しい料理でしたが、ユリアは貝を食べた時に眉を寄せました。
「貝が苦手なのかな?」とクルトが尋ねるとユリアはコクリと首を縦に振りました。
「ユリアは『嫌う』という感情は思い出せたんだね」
クルトは真剣な眼差しでユリアを見ました。
「表情や感情は大きく分けて、怒り、悲しみ、恐れ、驚き、嫌悪、幸福感の六つがあるんだ。
旅の間に全ての感情を思い出せるといいね」
ユリアは「そうだね」と無表情で呟きました。
心配してくれるクルトの気持ちが嬉しいはずなのに、ちっとも笑えずにいました。

夕食を食べ終えて部屋に戻ろうとした時でした。
宿屋の主人が息を切らせてユリアとクルトの元にやって来ました。
「賢者様、大変なんだ! 影の魔物が町に現れて、子供を一人連れ去って森へ逃げたんだ! どうか助けてほしい!」
クルトは「わかりました」と言い、部屋からローブと杖を持ってきました。
「ユリアは部屋で待っていて」
そう言って駆け足で部屋から出ていきました。
すると、ボーが影から出てきてユリアに言いました。
「クルト一人だと心配だ。俺達も行こう、ユリア!」
ユリアはクルトの言いつけを守るか、ボーの言うことに従うか迷いました。
でも、やっぱりクルトが心配だったので「わかった。行こう、ボー」と言いました。
「そうこなくっちゃ! さぁ、クルトを追いかけようぜ!」
「うん」
ユリアはボーと共に外へ出て、クルトを追いかけました。

UP:2020/08/31

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